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前橋地方裁判所高崎支部 昭和34年(わ)111号 判決

被告人 高崎繁志

昭一〇・三・二〇生 トラツク運転助手

主文

被告人を懲役三年に処する。

押収中のネクタイ一本(昭和三十四年領第三十八号の一)はこれを没収する。

理由

(被告人の経歴および本件犯行に至るまでの経緯)

被告人は肩書本籍地において農家の四男として生育し同地の小学校および新制中学を卒えた後、約二年間生家の農業を手伝いたる後貨物自動車運送会社に貨物自動車の運転助手として二年位稼働し、更に昭和二十九年秋頃よりは、親戚に当る岩手県和賀郡沢内村大字猿橋字長瀬野千三百六十七番地薪炭木材売買業新田弥五郎方に赴むき同家に貨物自動車の運転助手として住込み稼働しをりしものであるが、右弥五郎方の近隣には被告人の従兄たる新田昌吾(当時三十六歳)が妻新田ヨシ(当時二十六歳、昭和三年二月二十五日生)と共に雑貨商を営みをり右昌吾とヨシとの間には十二歳を頭に二男一女があり、前記の如く、被告人と右昌吾とは従兄弟の間柄であつたため、被告人は従前から右昌吾宅に出入したこともあり右昌吾の妻ヨシとも親しく、ヨシは昭和三十三年春頃より特に被告人に好意を寄せ、被告人の衣類等の洗濯等をも引受け、又、その頃右昌吾方に風呂場を改造せしため被告人は同家へ貰い風呂に赴むくことが多く殆んど毎晩の如く入浴に行くようになり、被告人とヨシとの間の親近の度合を増す結果となり、同年六月中旬午後八時頃たまたま被告人とヨシとが連れ立ち同道した際被告人が右ヨシを誘い両名は情交関係を結ぶに至り爾後両名は急速に接近するに至つたのであるが、右昌吾は本来地味な人柄であつたのに反し妻ヨシは派手好きの性格でありヨシは昌吾に対しいささか不満の情を抱きをりし模様もあり、爾後は昌吾の目をぬすみひそかに、被告人との情交関係を継続しをり、同年八月頃昌吾より被告人に対し「余り出入しないでくれ」と注意されたこともあつたが、被告人は依然として入浴にかこつけ同家に出入することをやめず、ために漸やく近隣の人の噂にのぼるに至つた。

しかるに被告人とヨシとの間は毫も改まることなきまま日をふるに至り、翌三十四年五月十九日頃ヨシが近くの同郡湯田村湯本にパーマネントをかけに出掛けた際、被告人に出会し、共に湯本温泉に一泊したため、これを知りたる昌吾ならびに弥五郎の母等の憤慨するところとなり、被告人は右の弥五郎の母に叱責せられ、荷物をまとめて弥五郎方を退去し同村の実家に帰つたが、一方ヨシも夫との溝を深め、その実兄照井長松方に戻るに至つた、しかしてヨシは同月二十三日頃、被告人をその実家に訪れ「他所に行つて働らく、四、五日内に又会おう」と申向けたので、被告人も之を承諾し、同月二十七日夜、居村横川堤防にて両名相会し、その際、ヨシより「夫と一緒になつておれないから家を出て他所に行つて働く、一緒になつてくれ」と迫つたが、被告人は同女が前記の如く昌吾との間に二男一女を儲けている身の上であること等を思い「子供等が可愛想だから」とて一旦之を拒否したのであるが、翌二十八日早朝ヨシが家出したことを聞知するに及び、被告人はその行方を探すと称して盛岡市に赴むき、心当りを探すうち、同女が同市内の旅館に居ることを知りこれに連絡して同女に面接したところ、同女は被告人と共に相携さえて出奔せんとの意図強きを知り、ここにおいて被告人は同女と共に出奔すべき意思をかため、両名相携えて、盛岡より国鉄列車に乗り青森に赴むくべく、一旦沼宮内に下車して同地に宿泊し再び青森に至り、更に転じて新潟に向い同地附近を観光の上、佐渡に赴むき同島内各地を見物し六日許りを同島内に過ごした後直江津を経由し軽井沢に向つたものである。

(罪となるべき事実)

被告人は前記の如く、同年六月七日頃、右ヨシと共に直江津より軽井沢に赴むき同地より北軽井沢行きのバスにて小瀬温泉に至り同地の温泉旅館に投宿したのであるが、この前後の頃より、右ヨシは前記昌吾方に残し来りたる子女の身の上を案じ沈鬱になること多く、同女が出奔に際し携え来りたる金員(約四万円)もその頃までに大半消尽しをり残額も乏しくなりをり、このまま不倫の行を続けるに忍びず被告人と共に心中せんことを謀るに至つたため、被告人も亦これを応諾し同女と共に心中するより外無きものと思料するに至り、翌同月八日両名相ひきいて死所を求めて北軽井沢附近をさまよい歩きたるも恰好の場所を見出すことも出来ず且又、敢えて心中を決行するに至りえないまま同夜は北軽井沢の旅館山楽荘こと湯本千代平(群馬県吾妻郡長野原町大字応桑千九百八十八番地)方に投宿し、翌九日午前十時頃両名相携えて同旅館を立出で、同所附近の高原を歩み同日午後三時半頃、同県同郡嬬恋村大字鎌原所在の通称モロヒコ地内雑木林内に至り、同所において休憩するうち、両名共同所にていよいよ心中を決行することとなり、同日午後八時過頃、被告人において前記ヨシの承諾を得て被告人のネクタイ(前同領号の一)を同女の頸部に巻きつけ、これを強よく締めつけよつて同女をその頃同所において窒息死亡するに至らしめ、もつて殺害の目的を遂げたものである。

(自首)

被告人は本件犯行後昭和三十四年六月十日群馬県長野原警察署司法警察員に本件犯行を自首したものである。

(情状)

被告人は年歯漸やく二十四歳の独身、右ヨシは既に三十一歳を過ぎたる有夫の主婦にして二男一女の母であり、右ヨシにおいて本件の如き結末を回避すべきであることは明瞭なるも、被告人の行状を検討するに、右ヨシとの情交関係を開始するに至つた際の事情によれば被告人が右ヨシを誘惑していること、その後ヨシの夫昌吾の目を盗みヨシとの情交関係を継続したこと、昌吾等より反省を求められ同人宅への出入を禁ぜられたにかかわらず之に従わず、且又、被告人は昭和三十二年頃約六箇月にわたり静岡県方面に出稼をなしその際の収入を右ヨシに相当誇張して話したこともあり、ヨシも他郷に出奔して稼働せんとする旨の意図を抱いたのではないかと思料せられる言動をなしていたこと、又、ヨシの夫昌吾には差程非難せられるべき事情が無いこと等から考察し、被告人の本件犯行前後の事情を通観して判断するに、被告人自体の責任は極めて重いものがあると判定せざるを得ない。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示承諾殺人の所為は刑法第二百二条後段に該当するので情状によつて所定刑中懲役刑を選択し、同法第四十二条第一項第六十八条第三号によつて自首減軽をなした刑期の範囲で被告人を懲役三年に処する、押収中のネクタイ一本(昭和三十四年領第三十八号の一)は被告人が本件犯行の用に供したもので被告人以外のものの所有に属しないから同法第十九条第一項第二号同第二項によつてこれを没収する。

訴訟費用については被告人にその負担能力がないことが明らかであるからその全部について被告人に負担させない。

以上によつて主文の通り判決する。

(裁判官 藤本孝夫)

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